病態解析システム活用マニュアル

 病態解析の原理


病態解析の基本

 セルロースアセテート膜の電気泳動法を用いた血清の蛋白分画は、たった1回の測定で5つの変化の組み合わせによる多くの病態を提供してくれる点で、臨床的に重要です。この血清蛋白分画像の変化を臨床的に意味あるものの組み合わせとして分類し、現在広く使われる形としたのが自治医科大学臨床病理学教室の河合忠教授の分類1)です。本病態解析は、この河合教授の分類を基に開発しました。さらに本病態解析は、この河合教授の分類を行う基本型を基に解析するとともに、この分類の基本型から外れた病態までも判定できるようにしました。

 本病態解析を臨床的に有用なものとするために2段階で開発2)3)4)しました。第1ステップとしてM蛋白を検出するアルゴリズムの開発を行い、第2ステップではその他の病態を判定するアルゴリズムの開発を行いました。その結果、本病態解析のアルゴリズムは2つの部分に分けてみることができるようになりました。

 M蛋白は各種の波形解析を組み合わせて検出するようになっておりますので、総蛋白量(g/dL)が入カされていなくともM蛋白の検出を行います。M蛋白以外の病態は、ファジィを用いた解析手法で、河合教授の分類で示されている代表的な病態の血清蛋白の泳動像はもとより、これを外れる病態であっても血清蛋白分画像に表れるものの検出まで行うようになっています。

 詳細を以降に述べます。



病態解析の処埋フロー

処理フロー 病態解析システムを組み込んだ全自動電気泳動装置の基本的な処理処理フローは「システムフロー」で述べていますので、ここでは病態解析について述べます。病態解析に関する部分の処理フローを以下に表します。



分画値の計算

 分画値は蛋白分画の泳動像の濃度測定値から求めます。各分画の積算値を求め、全ての分画の積算値を合計した総積算値から各分画の分画%値を求めます。次に各分画の分画%値と血清総蛋白量(g/dL)から各分画の蛋白量(g/dL)を求めます。

分画値の計算

 各分画の分画%値=(各分画の積算値/総積算値)

 (総積算値=1分画目の積算値+2分面目の積算値+・・・+n分画目の積算値)


β‐γブリッジの検出

 γグロブリン分画の著明な増加とともにIgAの増加も著しいと、βグロブリン分画とγグロブリン分画の間の谷が浅くなり、ときには谷が無くなることもあります。このようなβ−γ bridging(あるいはβ−γ linking)の検出は、βグロブリン分画からγグロブリン分画にかけての濃度図の形状によって行います。

β−γブリッジ


A=(βpeak/β‐γ bottom)
B=(β‐γ bottom/α2‐β bottom)
C=(γpeak/γ半値幅))
A<k1、B>k2、k3<C<k4 (k1,k2,k3,およぴk4は規定値)

 A、B、Cが上記の条件を満たす場合、β‐γ bridgingであると判定します。



M蛋白の検出

 M蛋白の検出は以下の5種類のアルゴリズムで行っています。
  1. ピーク比による検出
  2. 傾斜による検出
  3. 半値幅による検出
  4. 変曲点による検出
  5. 波形分離による検出
 以下、それぞれについて詳述します。

  1. ピーク比による検出

     「ピーク比による検出」とは、アルブミン分画のピークの高さと他のグロブリン分画のピークの高さを比較して、M蛋白を検出する方法です。この検出方法は、比較的多量のM蛋白が存在する検体に対して効果的です。
     各グロブリン分画のピークPG(図ではγグロブリン分画のピークを示す)をアルブミン分画のピークPAで割った値を、そのグロブリン分画のピーク比といいます。あるグロブリン分画のピーク比PG/PAが、このグロブリン分画で規定されたしきい値より大きくなったとき、そのグロブリン分画にM蛋白が存在すると判定します。



  2. 傾斜による検出

     濃度図の勾配の変化をたどっていくと、M蛋白が存在する部分で濃度図の傾斜が急峻となることがあります。「傾斜による検出」とはこの濃度図の傾きを調べてM蛋白を検出する方法です。この検出方法は、検体に含まれるM蛋白量が多量のものや中量のものを検出するだけでなく、比較的小量のM蛋白でも検出します。

     αグロブリン分画からγグロブリン分画までの単位長さ当たりの傾斜DEFを調べます。このとき、ある点の傾斜の値が、そこのグロブリン分画で規定されたしきい値より大きくなったとき、そのグロブリン分画にM蛋白が存在すると判定します。



  3. 半値幅による検出

     M蛋白があるグロブリン分画のピークの近くにあるため、濃度図の山の先端が尖ることなることがあります。「半値幅による検出」とは、この山の尖った所を探してM蛋白を求める方法です。この検出方法は、M蛋白によってグロブリン分画の山が尖ったものであれぱ、M蛋白の量の多少にかかわらず検出します。

     半値幅は、ある分画のピークの半分の高さの位置の、その分画の幅から求めます。ここで、あるグロブリン分画の半値幅HG(図ではγグロブリン分画の場合を示す)を求め、この値をアルブミン分画の半値幅HAで割った値HG/HAを計算します。この半値幅の比が、そのグロブリン分画で規定されたしきい値より小さい場合、そのグロブリン分面にM蛋白が存在すると判定します。



  4. 変曲点による検出

     微量なM蛋白の存在によって濃度図の山にわずかなふくらみを生じることがあります。「変曲点による検出」とは、このわずかなふくらみを捉えることでM蛋白を検出する方法です。この検出方法は、微量のM蛋白を効率よく検出することができます。

     βグロブリン分画からγグロブリン分画までの範囲で濃度波形を二次微分します。その二次微分した値が「+から−」や「−から+」になる位置を探します。この「+から−」や「−から+」になる数は、正常の検体では各分画にはそれぞれ1つずつ(1組)しか見られません。

     下図のγグロブリン分画のようにM蛋白によってふくらみが生じた波形を二次微分すると、濃度波形の下の図になります。この図には「+から−」や「−から+」になる位置が2組現れました(L1、Lr、R1、Rr)。この場合、このγグロブリン分面にM蛋白が存在すると判定します。



  5. 波形分離による検出

     各グロブリン分画を孤立ピークの基本波形、ここではローレンツ波形(左右対称の波形)で合成されたものとして捉えて、逆に測定した濃度波形を基本波形に分離することによってM蛋白を探す方法が「波形分離による検出」です。この検出方法は、各グロブリン分画の中に隠れたM蛋白を探すときに威力を発揮します。

     まず各グロブリン分画の山の波形を基本波形に分離します。いくつかに分離された基本波形の中から面積の最も大きなもの(図では波形γ)を、そのグロブリン分画の正常なもの(?)と捉えます。残った波形(図では波形P)がM蛋白であると判定します。




M蛋白以外の病態解析

 本病態解析のなかでM蛋白の判定以外は基本的にファジィ理論を用いています。

 ここでは、このファジィと病態解析について述べます。

  1. ファジィについて

     病態の判定は、分画%値や血清総蛋白量(g/dL)、これらの値から計算した分画蛋白量(g/dL)、およびこれらの値を必要に応じて計算した値などを用いています。これらの数値を、ある基準値に対して大きいか小さいかで判定するのが「しきい値」による判定方法です。

     しかし、「しきい値」で病態の判定を行うと誤検出が多くなります。

     たとえぱ、「肝障害」の判定式にしきい値を用いると次の式になります。


    k1≦ albumin ≦k2
    k3≦γglobulin ≦k4
       α2globulin≦k5

     ここで、“albumin”はアルブミン分画の蛋白量、“γglobulin”はγグロブリン分画の蛋白量、“α2globulin”はαグロブリン分画の蛋白量です。また、“kl、k2、k3、k4、k5”は病態判定のための基準値とします。

     たとえば、この基準値を以下のように決めると、

    k1=3.00g/dL
    k2=4.20g/dL
    k3=1.58g/dL
    k4=1.60g/dL
    k5=0.45g/dL

     上記の式は以下のようになります。

     3.00g/dL≦ albumin ≦4.20g/dL
     1.58g/dL≦γglobulin ≦1.60g/dL
           α2globulin≦0.45g/dL


     ここで、ある検体を判定したところ、アルブミン分画は4.35g/dL、αグロブリン分画は0.43g/dL、γグロブリン分画は1.59g/dLの値であった場合、アルブミン分画がわずかにしきい値を外れているため、この検体に対する判定は「肝障害」となりません。しかし実際には、このような検体は「肝障害」であることが多いのです。

     もしここで、このような検体を「肝障害」とするためにアルブミン分画のしきい値の範囲を広げると、取りこぼしはなくなりますが、擬陽性が増加してきます。アルブミン分画以外にも同様のことがいえます。

     この問題を解決するためにファジィを採用しました。

     具体的には、判定基準値に上限値と下限値という幅を持たせました。測定値がこの上限値と下限値の間にきた場合は、その測定値がどの程度上限値あるいは下限値に近づいているかに応じて点数を加減する方法を取りました。さらに、判定項目によって病態判定への影響が異なることから、この影響度合いに合わせて、点数に重み付けをしました。

     「肝障害」の例を下図で説明します。ある検体の測定値が、γグロブリン分画が1.59g/dL、αグロブリン分画が0.43g/dL、アルブミン分画が4.35g/dLであっだとします。γグロブリン分画とαグロブリン分画は「肝障害」と判定するのに充分な値を示していますが、アルブミン分画は少し低い位置に来ています。ここで、アルブミン分画、αグロブリン分画、γグロブリン分面のメンバシップ関数の横を見ると、上が1000点で下が0点となっています。この関数から、γグロブリン分画とαグロブリン分画はそれぞれ1000点となり、アルブミン分画は500点となりますのでこれを合計すると2500点となります。肝障害の判定基準は2400点とすると、この検体を「肝障害の疑い」として報告します。



  2. 病態判定テーブル

     病態の判定に用いている判定テーブルを次ページに示します。M蛋白以外の判定はファジィによります。(M蛋白の判定については「M蛋白の検出」を参照して下さい。)

     なお、ここに示した病態の判定テーブルは概念を表したもので、本病態解析の一部を抜粋したものです。したがって、アルゴリズムの全てを表しているものではありません。たとえば、病態の判定に用いている項目は、ここに示したもの以外にも多数ありますが、それらの判定項目をここでは省略しています。また、判定基準の数値も省略しております。

     下記の病態の判定テーブルに用いられている以下の記号はファジィの判定法を表しています。これらの記号は、次のような意味を持ちます。

↑→高値で有意:その判定項目の測定値が高くなると病態判定に有為になる
↓→低値で有意:その判定項目の測定値が低くなると病態判定に有為になる
←→→範囲で有意:その判定項目の測定値が判定基準値の間で病態判定に有為になる


疑われる病態名T.P.Albααβγ
栄養不良状態 
低蛋白状態    
ネフローゼ症候群 ↑ 
肝障害 ←→ ↓ ←→
 ↓ ↓↓←→
←→←→↓←→ ←→
←→↓↓↓ ←→
←→↓↓←→↓←→
←→  ←→↓←→
 ←→ ←→ ←→
↓  ↓ ←→
↓  ↓↓←→
 ←→←→←→↓←→
↓←→↓↓ ↑
←→ ↓↓ ↑
↓ ↓↓ ↑
肝硬変   ↓ ↑
↑  ↓ ↑
炎症 ↓↑↑ ←→
 ↓    ↓
   ↑ ↓
←→↓↑↑ ↓
←→↓↑ ↓
←→  ↑↑↓
←→↓↑↑ ↓
 ↓↑ ↑↓
↓↓↑↑ ↓
慢性炎症 ↓↑↑ ↑
   ↑  ↑
↑  ↑ ↑
高γGlb血症←→←→←→←→ ↑
妊娠↓↓ ↑↑←→
鉄欠乏↓↓ ↑↑←→
低γGlb状態↓     ↓
二峰性Alb ↓↑   

※櫻林郁之介監修:病態解析システム活用マニュアル.常光.より抜粋



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