第9回 新標準操作法に向けて −自動機を用いる新標準操作法へ向けての問題点−

セルロース・アセテート膜電気泳動における

β分画の2峰性


発表者:株式会社常光

1.はじめに

 セルロース・アセテート膜(セ・ア膜)電気泳動法による蛋白分画において、β分画が2峰性を示すことがあります。

β分画の2峰性

β分画の2峰性:
両端に泳動したコントロール血清以外の全ての検体でβ分画2峰性が出現


 新鮮血清測定時によく見られるこの現象は、補体成分であるC3cがslow-β部位に泳動されることに起因しており、病態解析においてM蛋白との誤認を引き起こす「M蛋白様バンド」の原因のひとつとなっています。

 橋本ら1) は、2峰性βの原因を、ブリッジング用濾紙に由来するCaイオンであると報告しました。
 各自動機メーカーでは、自動機のブリッジング用濾紙をスポンジに変えることによって対応しましたが、濾紙を用いていない自動機でもこの現象が発生していました。また、本現象の発生頻度は一様ではありませんでした。メンテナンス直後に発生しやすいとの情報もありましたが、発生しないユーザーも多かったのです。

 そこで、自動機におけるβ分画2峰性の原因およびその対処法について検討し、報告させていただきました。



2.使用した試薬・機材

・全自動電気泳動装置:CTE−8000およびALC−760(常光)
 泳動電流 0.9mA/cm
 泳動時間 15分
 染色時間 60秒(CTE)・90秒(ALC)
 脱色回数 3回
 ※泳動槽およびスポンジは超純水で洗浄後、緩衝液に浸してから使用


・セルロース・アセテート膜:セパラックス−SP(富士写真フィルム)

・泳動用緩衝液:ベロナール・ベロナールソーダ pH8.6 μ=0.05

・染色液:ポンソーS

・脱色液:1%酢酸

・免疫固定法用抗体:抗ヒトC3c補体成分ウサギ抗体(DAKO社)

・Ca測定装置:カルシウム-マグネシウムメータ Ca-Mg30/20 (常光)

・検体:採血直後に分離・凍結保存しておいたヒト血清を、用時融解して使用



3.Caイオンが泳動像に及ぼす影響

 まず、自動機におけるβ分画2峰性の原因がCaイオンであるかを確認するため、塩化カルシウムを添加した緩衝液で泳動を行いました。
 その結果、0.10mM のCaイオン添加緩衝液使用で本現象が観察されました。また、0.10mM以上の濃度では添加量が増えるに従い、C3cバンドの移動度が遅くなるという傾向が促進されました。

 橋本ら1) の報告すなわち用手法においては、1.5mMのCaイオン添加により初めてβ分画2峰性が観察されたにも関わらず、自動機においては0.10mMのCaイオン添加でも本現象が確認されました。本現象は自動機でより出現しやすいと考えられます。


Caイオンの影響

Caイオンの影響



4.Caイオンキレート剤 EDTA-2Naの添加

 Caイオンなど、2価の金属イオンとキレート錯体を形成するエチレンジアミン4酢酸2ナトリウム(EDTA・2Na)を緩衝液に添加2) し、本現象の発生頻度を検討しました。
 大竹ら3) により、0.8mMのEDTAを添加した場合、各分画の泳動位置が異なるという報告がなされていたため、今回、EDTA濃度をその半分の0.4mMとしました。

 その結果、EDTA未添加緩衝液使用時には20検体中16検体がβ分画2峰性を示したにも関わらず、EDTA添加緩衝液使用時に本現象を示す検体は確認されませんでした。
 また、0.4mMのEDTAを添加した場合と添加していない場合のデンシトグラムパターンを比較したところ、分画値%において各分画とも非常によい相関性が得られました。


EDTA-2Na添加

EDTA-2Na添加緩衝液使用時の泳動パターン


EDTA-2Na未添加

EDTA-2Na未添加緩衝液使用時の泳動パターン



5.免疫固定法を用いたβ分画の検討

 免疫固定法を用い、Caイオンの、補体成分C3cの挙動に及ぼす影響を検討しました。
 4症例の検体を、1.5mMCa添加緩衝液およびEDTA添加緩衝液の2条件で泳動し、DAKO社製の抗ヒトC3c補体成分ウサギ抗体を用いた免疫固定および通常のたんぱく染色を行いました。


表 免疫固定法の手順

通常法と同様に泳動
 ↓
膜を取り出す
 ↓
 予め抗血清を含ませておいたセ・ア膜片を泳動膜上に貼りつける 
 ↓
37℃、1時間反応
 ↓
反応終了後、生理食塩水で膜を洗浄
 ↓
ポンソーSで染色



 免疫固定の結果、Ca添加緩衝液使用時には、2本のバンドが認められ、β分画は薄く、slow-β分画は濃く染色されました。また、EDTA添加緩衝液使用時にも、2本のバンドが認められましたが、α分画が薄く、β分画が濃く染色されました。もちろんタンパク染色ではCa添加緩衝液使用時にβ分画2峰性が認められています。


Ca添加緩衝液使用時

EDTA添加緩衝液使用時


 本結果から、Caイオンの存在が、補体成分C3cの移動度に影響を及ぼすことが確認されました。



6.Ca濃度の測定

 自動機におけるCaイオンの由来について検討しました。

 まず、緩衝液製造用イオン交換水および未使用緩衝液のCa濃度を測定しましたが、Caはほとんど含有されていませんでした。一方、泳動後の緩衝液や水道水には高濃度Caが含有されていたため、我々は自動機のメンテナンスに注目しました。

サンプル総Ca濃度
 緩衝液製造用 
 イオン交換水 
 0.003 mmmol/L 
 未使用緩衝液  0.003 mmmol/L 
 超純水 0.003 mmmol/L
 使用後緩衝液 0.100 mmmol/L
 水道水 0.600 mmmol/L

 測定装置:カルシウム-マグネシウムメータ Ca-Mg30/20(常光)
 測定原理:EDTA直接滴定法(指示薬 カルセイン)       



7.現在の日常保守における泳動槽の清掃方法

 現在、日常保守における泳動槽の清掃方法は以下のようになっております。

表 CTEシリーズのメンテナンス方法:使用説明書より抜粋

機種清掃方法
CTE−150
  1. 搬送台、ブリッジ用スポンジとスポンジ台を外した後、槽内の栓を抜き緩衝液を排出、続いて泳動槽を外す。  
  2. 泳動槽、スポンジ、スポンジ台を水洗いし日陰で乾燥させる。  
  3. 乾燥して堅くなったスポンジを緩衝液に漬け柔らかくしておく。  
  4. 泳動槽を装置にセットし、緩衝液を注入する。  
  5. スポンジを軽く絞りスポンジ台に乗せ、泳動槽にセットする。  
  6. スポンジの上から緩衝液を注ぎ、スポンジに充分含ませる。
上記以外の
CTEシリーズ
  1. 泳動槽内のゴム栓をとり緩衝液を排出する。  
  2. 膜補正板、スポンジ台、スポンジブロックを取り出し水洗いする。スポンジブロックはよくもみ洗いする。  
  3. 泳動槽内の緩衝液をきれいに拭き取る。  
  4. スポンジブロックに残っている水を取り去るため、緩衝液でしめらせた後、軽く絞る。  
  5. ゴム栓、膜補正板、スポンジ台、スポンジブロックをセットし、泳動槽蓋を閉じ緩衝液を注入する。


 このように泳動槽の洗浄には水道水が用いられており、水道水中のCaイオンが混入している可能性があると思われました。



8.スポンジ洗浄法によるCaイオン濃度の変動

 水道水を用いたスポンジ洗浄法および水道水を用いないスポンジ洗浄法として、以下の4通りの方法を行い、泳動槽内緩衝液中のCa濃度を測定しました。


洗浄方法 泳動槽緩衝液中のCa濃度 
 方法1 水道水で洗浄後、緩衝液に浸してからよく絞り、泳動槽にセットする  0.10 mmol/L 
 方法2 水道水で洗浄後、完全に乾燥させてから泳動槽にセットする  0.10 mmol/L 
 方法3 超純水で洗浄後、緩衝液に浸してからよく絞り、泳動槽にセットする  0.03 mmol/L 
 方法4 超純水で洗浄後、完全に乾燥させてから泳動槽にセットする  0.07 mmol/L 


 洗浄の丁寧さや、スポンジに残る水分量の差などによりこの測定値は変動するものと思われますが、水道水で洗浄を行った場合はどちらの方法を用いてもCa含有量は増加する傾向が見られました。


9.スポンジ洗浄法によるβ分画2峰性の比較

 方法1と3については実際に泳動を行い、泳動パターンを比較しました。その結果、方法1の水道水でスポンジ洗浄を行った場合はβ分画2峰性が確認され、方法3の超純水でスポンジ洗浄を行った場合、本現象は確認されませんでした。方法1の場合のCa濃度は0.1mM、方法3の場合のCa濃度は0.03mMですので、検討1で述べた内容すなわち0.1mM以上のCaイオン存在時に本現象が確認されるという結果と一致します。




方法1:水道水で洗浄後、緩衝液に浸してからよく絞り、泳動槽にセットする




方法3:超純水で洗浄後、緩衝液に浸してからよく絞り、泳動槽にセットする



10.まとめ

1) 電気浸透の影響を受けない支持体の開発や、自動機の性能向上に伴い、今までは判別・判読できなかったバンドの認識が可能になりました。その反面、病態解析におけるM蛋白との誤認も発生しています。補体バンドの出現によるβ分画の2峰化も、M蛋白様バンドの1つです。

2) 用手法における本現象の原因がブリッジング用濾紙に由来するCaイオンであるとする報告1) がありますが、ブリッジング用濾紙を用いていない自動機でも本現象は発生しています。本現象の発生頻度は一様ではありません。また、メンテナンス直後に発生しやすいとの情報もありましたが、発生しないユーザーが多いことも事実です。

3) 今回の検討で、本現象の原因はやはりCaイオンであり、その由来が泳動槽及び泳動用スポンジ洗浄時の水道水であることが判明しました。水道水に含まれるCaイオンは地域や建造物によって異なり、また、メンテナンス方法によってもその混入に差が生じているものと考えられます。

4) 現在、装置の維持はユーザーに多くを依存していますが、ブリッジ剤に付着するヌメリが泳動像のゆがみの原因となることが多く、自動機の日常保守におけるスポンジ洗浄は必須項目です。今後、当社としては、日常保守におけるスポンジ及び泳動槽の洗浄にはイオン交換水等を使用する、という内容を注意事項に明記し、ユーザーにも励行していただくようお願いしていく方針です。

 また、なぜ補体C3cのみがCaイオンの影響を強く受けるのかについての報告はいまだなされておらず、引き続き検討していく必要があると考えます。


 
 自動機におけるβ分画2峰性 

   原因:Caイオンによる補体成分・C3cバンドの出現     

   由来:泳動槽・スポンジ台・スポンジ・洗浄時に用いる水道水 
 


 
 対処方法 

  泳動槽、スポンジ台およびスポンジの洗浄には         

  イオン交換水や超純水など、Caイオンを含まない水を用いる  
 


 参考文献



シンポジウムに戻る